楽曲編成 |
落花の雪に踏み逃ふ、片野の春の桜狩り、紅葉の錦着て帰る、嵐の山の秋の暮、げに痛わしや俊基卿、身は捕われの籠の鳥、のがれがたなき恩愛の、わがふるさとの妻子をば、ゆくへも知らず思ひおき、はるけき旅に出で給ふ、心のうちぞ哀れなる。 憂きをば留めぬ相坂の、関の清水にうつらふ影の、末は山路を打出の浜、瀬多の長橋うち渡り、行きかふ人に近江路や、夜をうねの野になく田鶴も、子を思ふかとかなしまれ、時雨もいたく森山の、葉末の露に袖ゆれて、風に露散る篠原や、忍びかねつつ越え行けば、鏡の山はありとても、涙に曇りて見えわかず、物を思えば夜の間にも、老蘇の森に木がくれに、都の空へだつらむ。 あらはずかしやわが姿、浮世の夢はかり衣の、不破の関屋は荒れはてて、なほ漏るものは秋の雨、いつかこの身の尾張なる、熱田の社ふしおがみ、塩干に今や鳴海潟、かたむく月に道見えて、末はいづこと遠江、浜名の橋の夕汐に、引く人もなき捨て小舟、沈み果てぬる身にしあれば、誰か哀れと夕暮の、入相なれば今はとて、池田の宿に着き給ふ。 元暦元年のころかとよ、重衡の中将が、東夷のためにとらわれて、ここに宿りを求めしに、東路の羽生の小屋のいぶせきに、ふるさといかに恋しかるらむと、長者がむすめがよみたりし、そのいにしえの哀れまで、思ひ残さぬ涙なり。 旅館の燈かすかにして、鶏鳴暁を催せば、匹馬風にいななきて、天竜川をうち渡り、小夜の中山過ぎ行けば、いとど哀れを菊川や、涙の流汲みかねて、やがてぞ越ゆる大井川、島田藤枝後になし、岡部の真葛うらがれて、物哀れなる宇都の山、むかし在原の業平が、東の方に下るとて、読みし心も清見潟、都に帰へる夢をさえ、通さぬ浪の関守に、いとど涙を催され、向ふはいづこ三保が崎、興津蒲原うち越えて、富士の高根に立つ煙、上なき思ひにくらべつつ、明くる霞に松見えて、浮島が原を過ぎ行けば、おりたつ田子のみづからも、浮世をめぐる車返し、竹の下道ゆきなやむ、足柄山をこゆるぎの、いそぐとしもはなけれども、日数つもればそれの日に、鎌倉にこそ着きにけれ。
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